第72回 山遊会例会 高取山(2023/6/09金)

<第72回> 例会山行
年 月 日  令和5年6月9日(金) 曇
山 行 先  高取山(高取城跡) (583.9m)
参 加 者  下川 和子・ 下川 博司・ 宇野 久二男
台風3号の影響もあってか、梅雨前線が刺激され全国的な大雨予報が出る中、幸い西日本は9日未明に前線が東に去り曇り空に変わり、前回に続き際どい山行となった。
予定通り7時50分近鉄京都駅に集合。
8時3分発橿原神宮前行き急行に乗り、終点で吉野行きに乗り換え9時37分壺阪山駅到着。
続いて奈良交通バスに乗り込み壷阪寺前9時56分下車。
駐車場奥のハイキングコースへの案内板に従い階段を上り、高さ20mの大観音石像を仰ぎ見ながら進みほどなくして左に折れ山道を行く。
20分ほど登ったところで岩肌に刻まれた五百羅漢などの石仏群が次々姿を現し先人の熱意に圧倒される。
さらに山道を進み11時15分八幡口登り口に。
舗装道路を進み城の搦手側の七つ井戸の階段を上り太鼓櫓に至る石垣から本丸へ。
本丸の巨大な石垣を回り込み11時40分本丸跡に到着。
天守台からは北に大和盆地、西に金剛山の山並みを木の間越しに望む。
とりあえず昼食休憩とし、天守台に置かれた三等三角点を前に記念撮影の後12時35分出発。
帰路は二ノ丸跡から大手門跡・二ノ門跡と下り、13時35分藩主の菩提寺である宗泉寺に立ち寄り小休止。
高取城は備中松山城や岩村城と並んで日本三大山城の一つとされているなか、城下町の麓から天守台まで高低差446mあり、「日本最強の城」の幟が要所にはためいている。
歴史を繙けば1332年土豪越智氏により築城、1580年織田信長の命により廃城となるが1640年徳川家譜代の家臣である植村家政が2万5千石で城主となり明治まで14代続く。
城下町を貫く土佐街道には筆頭家老の役宅であった植村家長屋門や商家の低い軒先・連子窓が点在し往時を偲ばせる。
15時10分壺阪山駅に帰り着き、15時20分発の橿原神宮前行きに乗り、京都駅行きに乗り換えて本日の山行を終了した。
以上
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